Make組ブログ

Python、Webアプリや製品・サービス開発についてhirokikyが書きます。

なぜ「やりたいことが見つからない」のか?単に「見つけ方」を知らないから

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ちょっと、大きなテーマを扱います (大げさな話しなので間違いがあれば教えてください)。

  • 「やりたいことが見つからない」
  • 「自分は何をやっても中途半端になる」
  • 「好きなことも、すぐに飽きてしまう。楽しくなくなる」

そういった悩みは、僕を含めて、多くの人が持っていると思います。 でもそう思う理由は「やりたいことの見つけ方」を知らないからです。

僕は最初から「やりたいこと」なんて無かった

僕について少し自己紹介かねて個人的な話をします。

僕は今、BeProudという会社でプログラミング、プロダクト開発を仕事にしています。 PyQ というWebサービスを4人の小さいチームでゼロから企画して、今も開発をしています(最初はharu、kamekoと僕で企画を練って、僕が開発でした。初期はちょいちょいshinが関わってくれて、4人で作りました)。

僕は12歳のときからプログラミングをしているので、周りからは「子供のときから好きなことを見つけられた人」と言われたりします。 でも12歳のときから今のように「Webサービスを作るのは本当に楽しい」、「Webサービスで良いものを作りたい」とは思っていませんでした。

さいころの僕は「新テーマパーク」や「デザエモン」、「RPGツクール」という「何かを作るゲーム」が好きでした。その延長線上で、C言語でプログラミングを初めたのがキッカケでした。 最初は分からないことがたくさんあって「そこまで楽しくないな」、「イライラするな」と思ったのを覚えています。でも確かにあったのは「知りたい」という気持ちでした。

その後もたくさんのことがあって、僕は自然と「やりたいことの見つけ方」を見つけて生きてこれたように思います。ですが、単にラッキーだっただけだと思います。

というわけで、今日は、その「やりたいことの見つけ方」を話します。

まず「やりたいこと」とは何か

多くの人や世間の常識は「やりたいことを見つけなさい」、「自分が楽しいことをしていれば自然と成功する」と言います。

そう言われると「いや、僕にはそこまでやりたいことがないな」と思ってしまいます。 でも落ち込む前に聞いてください。これはまず 「やりたいこと」という語の定義が曖昧なのが問題です

まず、「やりたいこと」の定義を分割して考えましょう。「やりたいと思う」という「動機」には3つの種類があると僕は考えています。

  • レベル1: 外部から自分に向かう動機(アウトサイドイン)
    • 何かを知りたい
    • 何かをできるようになりたい
    • こんな人になりたい
    • これはできそうだな
  • レベル2: 自分から自分に向かう動機(インサイドイン)
    • この行為をしていると純粋に楽しい
    • 自分の喜ぶことをしたい
  • レベル3: 自分から外部に向かう動機(インサイドアウト
    • 誰かのためになろう
    • 世の中をこう変えよう
    • みんなで一緒に楽しもう

これを やりたいことの3レベル と呼びましょう。

世の中でよく言われる「やりたいことを見つけなさい」という場合は、やりたいことの3レベルのうち、レベル2の「インサイドイン」の動機を指していることが多いです。ですがこの レベル2やレベル3の動機を初めから持つことは難しいです

動機は、以下のようにレベル1からレベル3に積み上がっていくものと思ってください。

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やりたいことの3レベル

下のレベルほうが、「やりたいこと」の中では親しみやすいものです。

まずレベル1の動機を見つけよう

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やりたいことレベル1

多くの「やりたいことなんて全く無いよ」という人は、要するに初めから「レベル2の動機が心に存在しなければならない!」と勘違いしている人です。

やりたいことが見つからない人は、まずは「知りたい」、「できるようになりたい」 ことから始めましょう。

  • 何か知りたいことはありませんか?
    • プログラミングって何か気になるなぁ
    • イギリスにいってみたいなぁ
    • 喋るのは割とできるな
  • 何かなりたい姿はありますか?
    • プログラミングができるってカッコイイな
    • 英語がしゃべれるようになりたいな
    • YouTuberっていいなぁ

「やりたいこと」というと難しいですが、「知りたい」「なりたい」は誰にでもあるはずです(英会話スクール、ファッション雑誌、旅行ガイドが巷に溢れているということは、誰しもが持っている感情というのは明らかです)。

その 知りたいこと、なってみたいことを具体的にやってください 。「まず初めてみる」ことは絶対に可能です。プロになろうといきなりしないでください。純粋に、自分の知的好奇心や憧れを満たすためにまずやってみましょう。

でも感情というのはロウソクの炎のようなもので、大切にしないとすぐにかき消えてしまいます。 例えば他人からの否定、自分自身での否定、常識やマナーといった横風に吹かれてすぐに消えてしまいます。

「知りたいな」「なりたいな」「ワンチャンできそうだな」と思ったら、その炎を守ってください。そして消えてしまう前にすぐに行動してください。今すぐに。そして小さい成功体験を味わってください。

動機の炎をレベル2に大きくする

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やりたいことレベル2

もしレベル1の動機があれば、ぜひ何も考えずにそれに打ち込んでください。 今の世の中、情報は腐るほどあります。知れないということは絶対にありません。

何かをしている間に、「なるほどコツを掴んだぞ」、「何だかできるようになってきたぞ」という発見があるでしょう。これが身になる瞬間(レベル2になれる瞬間)です。 ここで初めて、あぁ、これが「やりたいこと」、「好きなこと」、「楽しいこと」なんだなと気づけます。 やるだけで自分の楽しい範囲でうまくいくので、とても楽しいです。

ですが「身になる瞬間までは、ぶっちゃけ楽しくない」と思っていたほうが安心です。多くの人はここを誤解していて 「自分に向いていることなら何をどうやっても快楽的に楽しいんだろう」と思いすぎ です。 でもやってればいつか「身になる瞬間」がきます。身になれば、あとは自然とこなしているだけで楽しくなります。例えばギターである程度の曲を引けるようになった段階や、多少の英会話ができるようになった段階、プログラミングで思ったプログラムをある程度書けるようになった瞬間です。楽しいですよ。

僕が12歳からプログラミングを初めて、「僕はプログラミングが好きなんだ」とちゃんと思えるようになったのは18歳か、19歳あたりだと思います。

やりたいことを人生(レベル3)にする

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やりたいことレベル3

ここまでくれば自分の「やりたいこと」を使って、他の人に価値を提供したり、自己表現ができるようになります。 もし何かを生み出したい、役に立ちたい、驚きを与えたい、誰かを笑わせたい、一緒に楽しいことをしたい、世の中を変えたいと思えるなら、それがあなたの本当に好きなことです。

例えば「こんなWebサービスを作って、多くの人にプログラミング言語Pythonを学んで欲しい」と思ったり、「こんな新しい音楽を作って、世の中の人をあっと言わてやる」と思ったり、「この旧来以前の業界を変えるような会社を作ってやろう」と思ったり、「みんなでこのトピックで集まって楽しいことをしたい」と思ったりです(単に「世界を変える人間になってやるぞー」と思っているのは、レベル1の動機です。具体的に、公約としてコミットメントできるレベルの動機と思ってください)。

今までやってきたことがレベル3の動機に繋がれば、本当にラッキーです。 「好きなことをしていたら、お金は後からついてくる」という人の「好きなこと」とはこのレベル3の動機のことです。 自分の好きなことを通して、人々に価値や喜びを提供したり、信頼関係を気づいていける状態のことです。

今の僕はPyQを作ったり、 dig-en を作ったり、 DjangoCongress JP を主催したり、さらに新しいプロジェクトを立ち上げていたりします。学生のころからSinboon、PushosuやKarmaidなどを作ってきましたが、本当の本当に人に喜ばれるプロダクト・サービスを作れるようになったのはごく最近のことです。PyQを始めたのは25歳か26歳のころなので、12歳にプログラミングを始めてから15年近く経ちました。

やりたいことを見つけよう

やりたいことが見つからないなら、まず気になること、知りたいこと、なりたいことから初めてみましょう。

最近は情報が多すぎるので、「やりたいこと」のハードルが高すぎる気がしています。まず気になることを何でもやるのが良いと思います。

その「動機」の炎をゆっくり育てていけばいいと思います。

これが僕なりの「やりたいことの見つけ方」です。ぜひ何か気になることから始めてみましょう。

何か聞きたいこと、知りたいこと、ツッコミたいことがあれば、何でもはてブブコメか、 @hirokiky へのリプライに書いてください。 僕もたくさんの意見を聴きたいので、ぜひ書いてください。

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雑談: (昔の僕の)非モテの僻みは、たまに優しいヤンキーと同じ思想だった?

僕は高専卒のわりと非モテ系な人間なので、学生のころは「外見ばかりで判断しやがって中身が大事なんだ」とよく思っていた。

でも、そうやって「外見は汚くても自分の心はキレイだ」という思想は、「たまに優しいと全肯定されるヤンキー」の存在を良しとしてしまうんじゃないかと考えた。

そして、モテ・非モテって二元論はバカでしかないので、及第点を目指せば良いんだと思うようになった。

たまに優しいヤンキーなぜか全肯定される

いつも人を困らせて素行の悪いヤンキーがいるとしよう。でもそのヤンキーがたまに良いことをすると異常に評価されることはないだろうか。平たく言うと映画版ジャイアンだ。正直、僕は好きではない。ガラの悪い人が道端の猫に話しかけているとか、そういうのもズルい。 だって、ズルくないですか?その数%だけで全体が良い人だと評価されるなんて!(むしろ積極的に活用していきたい)

でも例えば、見た目が不潔でヨレた着こなしをして、顔とか眉毛の手入れとかを全くしない人がいたとしよう。 その人がキレイな心だけで100%良い人だと評価されたいと願うのは、たまに良いことするヤンキーの振る舞いを是とするのと同じことだと思う。 まぁ、たまに優しいヤンキーが良いと思うなら良いが、映画版ジャイアンを「ズルい」と思うなら、真の心の良さだけで評価されようとしている僕もズルいということになる。

コスパが良い

僕もあるとき「見た目をある程度整えるのは、信頼が買えてコスパが良いな」と思うようになった。

及第点で良いんだなとやっとわかった。たぶんモテ・非モテ論争は誰かが得するための仕組みなんじゃないかな? 僕はそこから眉毛を整え、顔の髭を剃り、産毛を剃り、風呂に入り、サッパリしたそれなりな身だしなみに切り替えた。その後は、ついでに服を考えるのが面倒なのでほぼ同じ服を着るようにした。

一つ言うと、オシャレしようとすると逆にダサくなる。やめとこう。 ここで「『それなりな身だしなみ』が難しいんじゃないか!」と怒る人は安心していただきたい。ぜひ、MBさんのファッションを参考にしてほしい。 ユニクロから始められる、「詰まったヒット」くらいを打てるようになる方法が学べる。

www.neqwsnet-japan.info

それで総額でかかるのはいくらだろう。たかだか1万円かくらいだ。ブルーレイを少し我慢すれば済むんだから安いものだ。 「ブサメンだからそもそもダメ」というのは違うと思う。それなりにキレイにして、真摯さが伝われば十分だと思う。モテる必要は全然ないし、普通になろう。あとは好きなもの着ればそれで良い。

まぁいきなり大きく変わる必要はないけど、ちょっとキレイにするくらい安いものなので、ぜひやってみるとどうだろう? (でもぶっちゃけクラッチバッグは僕はダサいと思うぞ、MBさん)。

この本を買ってください。僕も読みました。 ここから買ってくれると僕のRedbull代になります。

忙しいのに仕事が進まないのは、仕事に八方美人をしてるから - 仕事は人格を持っているという話

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仕事には人格がある。八方美人をやめよう

  • 「大した成果をあげられてないのに、なぜか忙しい一日だった」
  • 「忙しく頑張っているのに、なぜか優先度を考えろと怒られる」

こう思ったことはありませんか?仕事を終わったあとにそう感じてしまう理由は、仕事に八方美人をしているからだと僕は考えています。

どういう意味でしょうか?八方美人は以下のような意味です。

だれからも悪く思われないように、要領よく人とつきあってゆく人。

僕は八方美人をやらないように心がけていますが、この姿勢は仕事にとっても大切だという話をします。 なぜ仕事が関係するのでしょうか。理由は、 仕事も人格をもっているから です。

まず、なぜ八方美人が人間関係にマイナスなのか

まず、人間関係における八方美人はなぜマイナスなのでしょうか?それは誰に対しても浅く、個性がなく、嘘が見えるからです。そんな人には、人としての魅力はありません。小手先のコミュニケーション術や、作った笑顔などは(悲しいことに)バレバレなものですよね。

人に好かれようとするよりも、自分の個性や魅力を全面的に出して、自分の心に実直に振る舞うほうが、結果的に良い人間関係を築けます(不思議なことに)。もちろんその振る舞いを嫌う人もたくさんでてきますが、その結果、本当に付き合っていくべき人や、愛すべき人との繋がりも強まるものだと思います。

なぜ八方美人をやめると仕事が捗るのか

この方程式は実は、仕事についても適応できます。本質的には急ぎでない仕事や、重要でない仕事にまでかまけていると、本当に今注力すべき仕事が手抜きになってしまいます。

仕事は人格をもっています 。「タスク」というと無機物のような感触がありますが、そうではありません。仕事は有機的で柔軟なもので、そこには色々な人格があります。 あなたに構って欲しいと常に思っている仕事や、魅力的ながらも推しが弱くすぐにどこかに行ってしまう仕事もあります。大事でない割に「自分は大事だ」と主張する仕事は、本当にたくさんあります。まさに、人間関係のように。

仕事は人格をもっている、の意味は

僕がこう考える理由は、 仕事には必ず他の人が関わっているから です(未来の自分を含みます)。仕事の後ろには、他の人の期待や、求めているもの、価値、やってほしいことがあるからです。仕事の人格とは、その仕事の裏で関わる人たちの気持ちのことです。1人の人間としての人格ではなく、複数人の特定の感情や要求をまとめた、抽象的な人格と考えられます。「仕事」、「タスク」、「Todo」と高度に抽象化しているので見えにくくなっていますが、仕事とは人付き合いと考えられます。

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仕事の本質

仕事と言うと、絶対にやらなきゃいけない指示のように感じてします。無思慮に「やるべきもの」と認識されがちです。そんなことはありません。 「仕事さん」と仮想的な人を考えましょう 。そして「仕事さんが、何かを僕に期待している」くらいに思いましょう。「仕事さん」はたくさんいます。優先度も緊急度も違います。

人間は、仕事を石版に掘られた戒律のように考えすぎです。社長に言われようが、お天道様に言われようが、やらなくて良いことはやらなくて良いです。

「仕事さん」をあしらう方法

仕事にこそ、八方美人になってはいけません。優先度の低い急ぎのタスクに手一杯になったり、自分がやるべきでない仕事に首を突っ込んだり、面白そう・大事そうだけど人生の本質から遠そうな仕事にかまけてはいけません。鵜呑みにせずに、うまくいなすこともできるかもしれません。

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仕事さんたち

色々な仕事さんがいます

  • 声の大きさ(誰が要求をあげているか)
  • 緊急度の高さ(今すぐやるべきことか)
  • 優先度の高さ(やる価値がどれくらいあるか)
  • 仕事としての質の高さ(要求がどれだけ深く要件に落とし込めているか)

ここでただ無思慮に「上から順に」、「声の大きいものから」、「急ぎのものから」対応してはいけません。 優先度や、背景にある要求、人にとってどれだけの価値があるものかを考えましょう。罠なのが、声が大きい人が言ったこと、緊急度が高いことを「優先度高」と捉えがちなことです。 「仕事さん」の言うことは鵜呑みにしてはいけません 。本当にやるべきことなんでしょうか?そもそも、その仕事の後ろには誰がいるんでしょうか?要件に落とし込めてるでしょうか?

まず落ち着いて、疑いましょう。考えましょう。 どうでも良いものはほっておくか、捨てるか、忘れるか、適度な妥協点で終われば十分としましょう。

ポイント:

  • 「仕事さん」がいるからといって、すべてやるべきという意味ではない
  • 優先度が高いことだけをやる
  • 緊急度は本質ではない
  • 仕事さんの言うままでない、楽な解決もできる

お化けになる「仕事さん」

そして、 仕事さんは「お化け」なこともあるので注意しましょう 。 「仕事」「タスク」「Todo」「Issue」として積み上がっていても、その実、時間とともに全く要求が無くなっている場合もあります。

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おばけになった仕事

お化けの発生原因は2つです

  1. 時間と共に要求が別の方法で解決された、大きな問題にはならなくなった
  2. 勘違いだった、気まぐれでやりたいだけだった

お化けの仕事でも改善にはなるのかもしれませんが、本当にやる意味があるんでしょうか? 「仕事をやる意味」というと、どんな些細な仕事にも意味は存在してしまいます。それは時間の無駄です 。 相対的により意味が大きく、かつビジョンの実現に絶対的に必要な仕事だけをやりましょう。

ポイント:

  • 「お化けの仕事さん」は無視する
  • 誰の喜びにも、叶えるべきビジョンにも繋がらない仕事さんがいる
  • 仕事としてあるだけの仕事はただのお化けなので無視すべき、捨てるべき

大切なことだけ大切にする

僕たちがフルコミットすべき仕事は何なんでしょうか。僕の目の前には大切な仕事があるはずです。往々にしてそういう仕事は推しが弱いです。ですが、その仕事にこそフルコミットすべきです。ここでいう「仕事」は、何も職場で給料をもらう中でのタスクだけの話ではありません。僕の人生の中でやるべきこと、なすべきことは何かという次元にも拡張できます。

八方美人をしてしまうと、その大切で魅力的な仕事はどこかに行ってしまいます。 「忙しかったのに、仕事が捗っていない」のはなぜでしょうか。それは本当にすべき仕事に注力できていなかったからです。余計な「仕事さん」に構ってしまったのではないでしょうか。

僕の時間、費やせる情熱や愛は有限です。増やすことは無限のように可能ですが、人生というタイムリミットを考えれば有限です。 毅然とした態度で、うまく、仕事をあしらっていきましょう。そして注力すべき仕事に、今、全力を尽くしましょう。

まとめ

仕事が捗っていないのは、仕事に八方美人をしてしまったから。

  • 八方美人は人間関係でなく、仕事にも良くない
  • 仕事は人格をもっている
  • あしらう仕事はあしらっておいて、注力すべき仕事にだけ注力しよう

仕事さんを根本から消す方法や、仕事さんの質を高める(要件に落とし込む)方法については、また気が向いたらお話します。

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雑談: 飯担当大臣、夕飯をハックする

最近、嫁さんがある事情で家事が一切できなくなってしまいました。 そこで僕が夕飯を作るのですが、せっかくなのでその記録を残しておこうと思います。

楽で、うまくて、栄養バランスの良い飯を考える

正直料理や家事に時間はかけたくないので、栄養バランスを取りつつ簡単に食事を用意するのは難しいです。 なので考えた結果、今はこういうふうに夕飯を用意しています

  • まとめ買いの時点で栄養バランスを考えて、作るときは好きに料理して食べる
  • 複数品目を作らずに、1品目に肉、野菜をたくさん入れる
  • なるべくまとめて作って、余ったら次の日の昼飯にでもする
  • 面倒なときはオリジン弁当

僕が作るとかなり自分の好きなものばかり作っていますが、栄養バランスの心配はありません。 栄養バランスは、まとめ買いする時点で取っておけば良いです。毎食では、肉と野菜と炭水化物をそれなりにバランス取って摂取していけば良いです。 調理の手間と片付けの手間を減らすために、おかずは一菜を理想と考えています。その一菜に、十分なタンパク質と野菜を含めるのが良いでしょう。

本当に毎食の栄養バランスを厳密にしたいなら、料理なんかやめて毎日COMPを食べるべきです。 一汁三菜やら三角食べやら言うくらいなら、COMPが一番です。毎 "口" すべての栄養が均一に含まれますからね。

以下、作ったご飯を記録しておきます。

鶏マヨポン酢

鶏肉をマヨネーズ、ポン酢を1対1にしたソースで漬けて焼きます。 焼いたあとにも、そのソースを足して軽くあえます。 このときはレタスを一緒に炒めて添えています。

豆苗豚キムチ

豚バラを炒めて、豆苗を炒めて、キムチでまとめる感じの料理です。 豆苗をサッと炒めるくらいにするとすごく美味しい。

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豆苗豚キムチを作った

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鶏とキャベツのトマト煮

鶏肉、キャベツ、玉ねぎ、しめじをニンニクと生姜、オリーブオイルで焼きます。 火が少し通ったらトマト缶を入れてコンソメやら香辛料やらを入れたらできます。

タラのマヨネーズソテー

真ダラ、小松菜、人参を塩コショウである程度焼いて、マヨネーズを足してあえながら焼くと完成です。 初めて試してみたけどとても美味しかった。

一菜、ええやん

僕は三角食べというのが好きじゃないです。基本的に「ドーン」と何か一品ある食べ物が一番幸せです(ラーメン、ハンバーガー、サンドイッチ、丼物、パスタ、オムライスと、子供が好きそうなものが僕の好きなものです)。 なので、自動的に和食の基本である一汁三菜も好きじゃないことになります。

僕が夕飯を作ると一菜になりがちです。一菜か、一汁一菜。和食にすると単品が小さいので、納豆でバフをかけて一汁二菜くらいになるかもしれません。

とはいえ皿数が減ればそれだけ料理、片付けの手間が減ります。 忙しい中でもちゃんとご飯を食べるという観点では、一菜こそミニマルでかつ最強なのではないでしょうか。

御膳が苦手

そもそも三角食べが苦手なので、僕は御膳とか懐石とかが苦手です。 旅館に泊まったときの夕飯の懐石や、昼ゴハンの御膳や幕の内弁当、朝ゴハンのやたら品数の多い朝食が本当にダメです。

ちゃんとした懐石なんかは頭がパニックになるので、出されたときは頑張って1つ1つ攻略するしかないです。 でも自分で作れば好きなものが食べられます。

他にも料理が増えたら、気まぐれに追記していきます。

雑談: 子供のころの僕の変な言動

子供の頃、おさるのジョージという絵本を読んでいました。 今日話すのは「ひとまねこざる」というタイトルの本と、それを読んだ幼少期の私の変な言動の話をします。 (ふと思い出したから書きたくなっただけです)。

じてんしゃにのるひとまねこざる (岩波の子どもの本)

じてんしゃにのるひとまねこざる (岩波の子どもの本)

この作中でおさるのジョージは新聞配達を頼まれます。ですが、その途中で新聞を船の形に折って川に流してしまいます。 本には丁寧にも新聞で船を作る方法が書いていて、当時の幼少期の僕はぜひ新聞で船を折ってみたいと思ったんです。

そこで親に船を作りたいので新聞が欲しいと相談しますが、結果的に僕は泣き出してしまいます。

理由は作中に登場した「はやおきしんぶん」という新聞が、現実には存在しないからです。 僕は 「はやおきしんぶん」を使って船を折らないといけない と心底思っていて、「はやおきしんぶんが無いなら船は作れない」と考えて泣いてしまったんです。 そりゃ読売新聞やら日経新聞やらではダメです。はやおきしんぶんでないと、だって作中には「はやおきしんぶん」が登場していますから。

当時の細かい感情まではイマイチ覚えていないですが、ただ「はやおきしんぶん」にこだわっていたのは覚えています。 そのとき親がどうフォローしてくれたかは全く覚えていません(たぶん「こっちの新聞を使えばいいじゃない」と教えてくれたと思います)。 ただ僕は「なんでなんだ」と悲しかったのを覚えています。

今の僕なら「まぁテキトウな新聞で作ろう」と意図を汲んで思えますが、当時はそこまで考えられなかったんでしょうか。 今思えば笑い話ですが、親も苦労したのかなと思ってしまいます。

ぜひ小さいお子さんのいる人はこの本を読ませてみてください。 もし「はやおきしんぶん」でなきゃいけない、とその子が思い込み始めたら、たぶん将来の姿は僕です。

卑下すると自分にも他人にも良くないんじゃないかという考え

「悪く言っても、自分のことだから良いだろ」と言えばそうです。 でも僕は卑下することはすごく損失が大きいことだと思っています。

ここで言う卑下は、何かあるたびに自分(や自分の周りの人やもの)を悪く言う、癖みたいなもののことです。

卑下 自分をあえて低い位置に引き下げてへりくだること。

www.weblio.jp

もちろん個々人には好きに自分を卑下する権利がありますので、そこを脅かすつもりはありません。 ただ卑下することは自分にも他の人にもマイナスの影響を与えると僕は考えています。ここで、僕なりに気をつけていることを話したいと思います。

この文章は自戒です。受け取り方も自由です。

謙遜との違い

卑下と謙遜の違いはなんでしょうか。 語の定義としては、卑下は謙遜を含んでいそうです。 ここでは「プラスのチャンスがあるときにあえて悪く言う」を謙遜とします。卑下はそれ以外の、単に自分や身内を悪く言ってしまう癖や、悪い状況のときに自分をさらに下げることと捉えましょう。

褒められたときに「ありがとうございます。でもまだまだ頑張らないとですね」と謙遜して言えることは悪くないことだと思います。

自己批判、評価との違い

自分の悪いところを捉えるのが悪いことだとは思いません。

論理的な理由があったり、改善点を探すために自分を客観的に見るのは大切と思います。 感情的・反射的に自分を悪く言うのでなく、自分の性質や思考を外部からトレースできるのは良いことです。

ただ対象として「反射的な卑下」、「癖のような卑下」、「『そんなにあなたは悪くないよ』と言って欲しい卑下」をここでは扱います。

なぜ卑下しないよう気をつけているのか

僕が「卑下すること」を良くないと思う理由は2つあります。 1つ目はもちろん自分のモチベーションや可能性を潰すことにあります。2つ目は自分自身を卑下することで周りの人も下げてしまっているからです。2つ目は気づきにくいうえ損失も大きいので気をつけています。

  • 「私なんてダメです」と言うとき、あなたを好きな人の評価を下げてしまっている
  • 「私が作ったこれは役立たずです」と言うとき、一緒に作っている、関わっている人も下げてしまっている
  • 「私の仕事はダメだった」と言うとき、一緒に仕事をしている人や仕事を教えてくれた・教えようとしている人を下げてしまっている

卑下すると周りの信頼も失ってしまうのではないでしょうか。誰かが信頼してくれている僕を、不当に悪く言う僕は、信頼に値するでしょうか。

僕も自分自身や作ったものの悪いところを見つけるときはあります。僕の場合は「なんだこれは!ひどいな!」とあえて怒ってしまうほうがポジティブな改善にもっていきやすいです。ここは個々人の性格によると思いますが、マイナスに流れそうなときに断ち切るのが大切です。

ともかく卑下することで、自分のモチベーションや他人のモチベーション、信頼を潰しまいがちです。 卑下することで得られるものは少ないです

  • 「自分の悪いことは知っているから言わないで」というアピールがしたい
  • 「自分はこんなに悪い」=>「そんなことないよ」と言って欲しい(交流分析でいう)心理ゲーム

酒の席では許されるかもしれませんが、過度にこのカードを使うのは悪手に思います。 他の人からの信頼や関心、好意を自分の快楽に変換しているようなものです。

仕事や人生は波乗りのようなものだと思っています。自分へのポジティブなエネルギーや挑戦、報酬、改善、快楽をうまく波乗りするとうまくいくと思っています。まずは勢いをつけて、その勢いをなくさないように次の勢いに繋げていく、それが大切なんじゃないでしょうか。うまくいったら「よし!いいぞ!」と自分をあげていきたいものです。

未来の僕へ、卑下しそうなときはこう考えよう

  • 卑下するのは「自分が気持ち良いから反射的にやってるだけだ」と思い直そう
    • 周りの人はもうウンザリしているかもしれない
    • 自分だけでなく他人からの信頼も失うかもしれない
  • 卑下しそうなときは論理的に分析しよう
    • 本当に悪いのか?
    • 悪いとして、『まだ今は』悪いだけで改善できるはずだ
  • 良いところに目を向けよう
    • 褒めよう
    • 良いところをどう活かせるかを考えよう

自分の人生をより良くできるのは自分しかいません。

この辺りの本もオススメなのでぜひ下のリンクから買ってください。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

Djangoのcacheのキーには必ず文字列を指定しよう

Djangoのキャッシュ(cache)にはキーを文字列として指定しましょう。

>>> from django.core.cache import cache
>>> cache.get("mykey")  # OK
>>> cache.get("1")  # OK
>>> cache.get(1)  # よくない

キャッシュバックエンドの実装によっては数値でも指定できますが、ドキュメントでは「キーは必ず文字列で」とあります。

key should be a str, and value can be any picklable Python object.

docs.djangoproject.com

だいたいのキャッシュバックエンドでは make_key を内部で先に実行するので、数値だろうが文字列に変換されるのであまり問題にはなりません。 例えば以下のような処理でも問題になっていない場合もあります。

>>> from django.core.cache import caches
>>> cache = caches["somemycache"]
>>> cache.set(1, "users-value")

user.id をキーとして使ってしまったときなど、キーを数値として渡してしまいます。 ちゃんと str(...) としておきましょう

Django2.2から、DBバックエンド(DatabaseCache)を使っているときに cache.get(1)cache.delete(1) をするとTypeErrorになります。

>>> cache = caches["..."]
<django.core.cache.backends.db.DatabaseCache object at 0x7f2d5ce37ac8>
>>> cache.get(1)
Traceback (most recent call last):
  File "/usr/lib/python3.7/code.py", line 90, in runcode
    exec(code, self.locals)
  File "<console>", line 1, in <module>
  File "/home/hirokiky/.../venv/lib/python3.7/site-packages/django/core/cache/backends/db.py", line 52, in get
    return self.get_many([key], version).get(key, default)
  File "/home/hirokiky/.../venv/lib/python3.7/site-packages/django/core/cache/backends/db.py", line 60, in get_many
    self.validate_key(key)
  File "/home/hirokiky/.../venv/lib/python3.7/site-packages/django/core/cache/backends/base.py", line 245, in validate_key
    if len(key) > MEMCACHE_MAX_KEY_LENGTH:

ここの validate_keymake_key より前に呼ばれるよう動作に2.2からなっていて、エラーになります。

django/db.py at 2.2.3 · django/django · GitHub

もちろんこの動作はバグではありません。もともと、cache.get などのキーには文字列を渡すべきです。 ですが、今まで動作していたり他のLocMemBackendでは数値でも動作していたりで問題に気づきにくいです。気をつけてください。

一応、DjangoTracに「Release Noteにこのことを書いたら」と起票しましたが、まぁ仕様どおり使ってないのが悪いので却下されるかなぁとは思っています。

#30625 (DatabaseCache backend raises TypeError if get/delete received key as integer.) – Django