Make組ブログ

Python、Webアプリや製品・サービス開発についてhirokikyが書きます。

ジャケットを着ると警戒されなくなるかも、という普通の話

ジャケットを着るようになって気づいたこと

最近、ジャケットを着るようになりました。といっても毎日ではないし、ちゃんとしたスーツというわけでもありません。ただ、打ち合わせや商談のときに、パーカーではなくツーピースのジャケットを羽織るようになっただけです。 不思議なもので、どこか相手の反応が変わった気がします。もちろん良い方向性で。という雑談です。

それまでの自分の服装スタイル

僕はこれまで、パーカーやTシャツといったラフな格好を好んでいました。自由な環境で働いているし、服装にルールがあるわけでもありません。だから、わざわざ窮屈な格好をする必要もないと思っていました。何より古き良きハッカースタイルと反骨精神を感じるので。

そしてずっと金髪です。それも、自分にとっては大切な個性の一部です。

相手の反応の変化に気づく

ジャケットを着るようになってから、ビジネス的な打ち合わせでの相手の方の態度が少し柔らかくなった気がします。とくに初回の顔合わせの際に、不快感を与えていないなという安心があります。というか、今まで気づいていなかっただけで結構相手に警戒感を与えていたのかもと感じています。僕がただ失礼なだけだったのでは。

今まで失礼しました!

最初は気のせいかと思いましたが、何度か繰り返すうちにどうやら本当にそうな気がします。これは完全にデータの話じゃないのでご勘弁を、という感じですが。

じゃあ、金髪もやめるべきなのか

ジャケットを着ることで警戒感が減るなら、他の要素も「普通」にすべきなのだろうか。金髪をやめて、もっと無難な見た目にすれば、さらに信頼されやすくなるのだろうか、という気もします。 ただ全てを画一化することへの違和感があります。個性や自己表現を失いたくないという気持ちも強い。金髪は、僕にとって自分らしさを保つために大事な気がします。

期待値とボラティリティという視点

そこで、外見戦略を確率論的に捉えてみることにしました。ビジネスでよく使われる「期待値」と「ボラティリティ」というやつです。

期待値とは、平均的な印象や信頼感の向上を指します。ジャケットを着ることで、相手に与える印象の平均値が上がる。これは間違いありません。一方で、ボラティリティとは、個性や突飛さによる振れ幅のことです。金髪のような要素は、相手によっては好意的に受け取られることもあれば、警戒されることもある。つまり、振れ幅が大きいのです。

リスクを避けるならボラティリティを下げるべきです。でもせっかくリスクを取れる境遇なら、取る選択はしたいです。 つまりパーカーは「ビジネス的文脈での相容れなさ」からボラティリティが上がるのに期待値は低く、金髪は「案外攻めてるけど清潔感はあるよな」という視点からボラティリティを爆増させつつ期待値も悪くはないということです(マイナススタートっぽさはあるので、その後の人間のキャラクターを含めてですが)。

なのでジャケットを着ることで平均的な信頼感を確保しつつ、金髪というボラティリティは取るということ。案外、効率的フロンティアなのでは(分散投資においてリスクとリターンが最適化された組み合わせを並べた線のこと)。

世の中の人たちは最適化済み

よくイメージされる人の像というのは、案外最適化されていたりします。たとえばスポーティでツーブロック、ツーピースの営業の人は快適さと信頼性、フレッシュさの最適化をした結果だったのだなと思います。とくに営業など外観や信用が重要な人は最適化されてる感じがします。

これを読んでいて「服装が自由なやつの話だな」と思われるかもしれません。僕も新卒時代、会社の近くの床屋さんで「〇〇社カットにしてください」と言わないといけなかったので分かるつもりです。が、そう考えると服装規定もある種の最適化の結果なのかなという気もします(もちろんお節介だったり、過剰だったりしますが)。

外見の最適化について考える

つまりこれは最適化問題です。様々なアイテムやファッションの方向性、清潔感やキャラクターを考えて、期待値とボラティリティと必要コストを最適化するということです。

もちろんそれは環境や状況によっても違います。僕は会社の状況などにより今回はジャケットという話をしています。価値観によっても大きく違います(僕も頑なに金髪ですし)。ただこれが最適化問題だと考えれば、案外納得しやすいなということです。

色々と僕も変わっていますが、それでいいのだと思います。変化しながら、そのときどきの最適解を探していきます。

我ながら一生思春期みたいなこと言っててすいません。

編集:Shodo Boost 校正:Shodo