Make組ブログ

Python、Webアプリや製品・サービス開発についてhirokikyが書きます。

データ分析では「率」で見るべきだが、絶対数のほうが伝わりがち

「率で見ろ」が常識だけど、伝わらない問題

データ分析の世界では「絶対数ではなく、率で見ろ」とよく言われます。『リーンアナリティクス』をはじめとするスタートアップやグロースハックの教科書にも、率と推移が重要と説かれています。ですが実際にビジネスの現場で数字を報告すると、比率だとどうしても伝わっていない感覚になります。

分析では正しいはずの「率」が、なぜか人に伝えるときには機能しないジレンマがあります。

データ分析の鉄則は「率で見る」。だが……

まず、なぜ「率で見る」ことが重要なのか確認しておきましょう。

スタートアップが成長を図るとき、単純に「今月のユーザー数が100人増えた」と見るだけでは不十分です。もともと1000人いたなら10%成長ですが、もともと10万人いたなら0.1%成長にすぎません。同じ「100人増」でも、意味がまったく違うわけです。

比率を使えば、規模の違いを吸収して正確に状況を把握できます。チャーンレート、月間成長率(MoM)やコンバージョン率(CVR)など、ビジネスの健全性を測る指標はほとんどが比率です。これは間違いなく正しい分析手法です。

ただし、比率を正しく理解するには分母と分子の両方を理解していることが前提 になります。ここが落とし穴になりがちです。

なぜ比率は難しいのか

比率が難しい根本的な理由は、その比率が何を意味するのかを知っている必要があるからです。比率は相対的な指標なので、基準となる知識や経験がないと、良いのか悪いのか判断できません。

前提知識がないと比率は読めない

たとえば「エンゲル係数が25%」と聞いて、あなたはどう思いますか?

エンゲル係数とは、家計の消費支出に占める食費の割合です。一般的には25%前後が標準とされていますが、これを知らない人にとっては「25%」という数字だけでは何の判断もできません(僕も今日まで知りませんでした)。

一方、「月収30万円で食費が7万5000円」と言われれば、前提知識がなくてもなんとなく「まぁそんなもんかな?」と感じられます。比率は規模感をなくして比較可能にしますが、体感的なイメージからは遠くなります(むしろそれを排除し比較可能にしているものなので当然と言えばそう)。

ビジネスでも同じです。業界の平均値や、過去の推移、競合との比較といった知識や文脈がないと、比率単体では判断材料になりません。

絶対数の「一瞬で伝わる」強さ

一方、絶対数には圧倒的な「伝わりやすさ」があります。説明不要で、規模感が一瞬で共有できるからです。

仕事をしていると、色々な立場の人に、なるべく短い時間でものごとを伝える必要があります。そんなときに定義の共有が必要な言葉や、正確だけど難しい数字をならべていては相手の時間を奪うだけになってしまいます。もちろん正確な数字や比率の分析も必要ですが、伝えるタイミングなどは考える必要があるでしょう。

売上・年収は説明がいらない

「売上1億円」と聞けば、誰でもある程度のビジネス規模をイメージできます。「年収500万円」と聞けば、その人の生活がなんとなく想像できる気になります。これらの絶対数は、前提知識がなくても理解できる共通言語として強力です。もちろん完璧に正確な理解ではありませんが、「だいたいこれくらい」という感覚を共有するには十分です。

比率のように「この業界では〜」「前年比では〜」といった補足説明は不要です。数字そのものが持つ具体性が、コミュニケーションをスムーズにしてくれます。それが正確かどうかは危ういところがありますが、そのインパクトは絶対的なものです。

とくに売上というのは強いです。投資家、銀行、従業員の皆さまに一発で規模を説明できます。こんな数字はなかなかないので、本当にすごいことです。もちろん賢い人は利益率の悪さなどを見抜いて、売上という数字の怪しさを知っていますが、とにかく短時間で誰にでも伝わるという意味で売上(や年収)は圧倒的に強い数字です。

「10万文字書く人が500人から1000人に倍増した」のインパクト

たとえば僕たちが開発しているShodoというサービスで成長を報告するとき、「月間10万文字以上書くアクティブユーザーが500人から1000人に倍増しました」と言うのと、「ヘビーユーザーのアクティブ率が100%増加しました」と言うのでは、どちらが伝わりやすいでしょうか?

これは前者のほうが具体的でインパクトがあります。「ヘビーユーザー」のような定義が必要な言葉を使っていませんし、「500人→1000人」という数字の変化は、誰が聞いても成長の実感が湧きます。比率としても「倍増」や「半減」は言葉として理解しやすいものです。

絶対数や定義の明確な言葉は、数字が持つ具体性と説得力によって、人を動かす力を持っています。プレゼンや報告の場では、この「伝わる力」を持っているかは意識したほうが良いかもしれません。

誰もが「その文脈の素人」である

ここで重要なのは、すべての人が常に完璧な理解力を持っているわけではないということです。どんなに優秀な人でも、自分の専門外の分野では素人になります。

野球のOPSと50本塁打、どっちが伝わる?

野球ファンなら「OPS(出塁率+長打率)」という指標を知っているでしょう。これは打者の総合的な攻撃力を測る優れた指標で、分析的には非常に正確です。

ですが、一般のファンに「OPS.850の選手です」と言っても、ピンとこない人が多いはずです。一方、「50本塁打を打った選手です」と言えば、野球をあまり知らない人でも「すごい選手なんだな」と理解できます(ちなみにOPS 0.85はすごいです)。

重要なのは誰だって詳しくない分野では素人ということです。相手が「知っている・伝わる前提」で進めすぎないことが大事です。

自分自身にとっても絶対数は有効

面白いことに、絶対数の「伝わりやすさ」は、他人に対してだけでなく自分自身に対しても有効です。モチベーション維持や自己認識のために、絶対数を使うという戦略があります。

打率よりヒット数のほうがやる気出る説

イチロー選手は現役時代、打率よりも「ヒット数」を重視していたと言われています。打率は試合ごとに上下しますが、ヒット数は確実に積み上がっていくからです。

打率が.300から.280に下がると、なんとなく調子が悪い気がしてしまいます。でも「今シーズン150本目のヒット」と数えていれば、積み上げの実感が得られます。絶対数は自分自身のモチベーションを維持する効果があるんです。

ビジネスでも同じです。「今月の成約率が先月より2%下がった」と見るよりも、「今月は15件成約した」と見たほうが、前向きに次の行動につなげやすいことがあります。筋トレでもベンチプレス100kgを目標にするのは分かりやすくて良いです。

「イチメーター」のような可視化の力

イチロー選手のヒット数を可視化した「イチメーター」というファンの応援がありました。これはヒット数を積み上げ式で表示することで、進捗が一目で分かるようにしたものです。

絶対数を可視化すると、達成感が生まれます。「あと5本で目標達成」といった具体的なゴールが見えることで、自分自身を励ますことができます。自己管理やモチベーション維持のためにも、あえて誇大広告っぽい数字を自分に使うのは有効です(積み上げの数字は気分が良い!)

最後に:正しさと伝わりやすさを考えること

ここまで「絶対数のほうが伝わりやすい」という話をしてきましたが、誤解してほしくないのは、比率が不要だという話ではないということです。データ分析では、比率や推移を見ることが絶対に必要です。これは原則として変わりません。規模の違いを吸収し、正確な判断をするためには、比率は欠かせません。

しかし、人を動かすには絶対数も必要です。報告やプレゼン、チーム内の共有といった場面では、絶対数のほうが理解しやすく、行動につながりやすいことが多くあります。売上という数字は強力ゆえに誇張に見える瞬間もありますが、それはその力ゆえということですね。

大切なのは、相手と目的に応じて使い分ける丁寧さです。データを分析する自分と、データを伝える相手の間には、前提知識のギャップがあります。そのギャップを埋めるために、絶対数を使うという選択肢を持っておくことです。

正しさと伝わりやすさの両方を使うこと。それがデータ分析の先に必要なスキルだと思います。

編集:Shodo Boost 校正:Shodo